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【この動画、考えさせられる!】BMWイセッタ|小さな車に込められた願い

プロローグ

1948年から1989年の間、ドイツは東と西の2国に分断されていました。
首都ベルリンも東西に分かれていましたが、1961年に突如東側が西ベルリンを占拠し壁を作り始めました。
これが東西冷戦の象徴でもある「ベルリンの壁」です。
この壁により多くの家族や知人・友人が不本意に引き離されました。

このビデオは、その時代の東ドイツから西ドイツへの命がけの脱出を描いた物語です。

 

The Small Escape.

 

【この動画、考えさせられる!】をふり返ってみた

 

 

ぱち
よくわからないけど感動しました、、、

 

じん
わからないのはベルリンが2つに分かれたいたことだよね?

 

ベルリンの壁写真

ベルリンの壁

 

1945年5月、ドイツは第二次世界大戦のヨーロッパ戦線において無条件降伏をしました。
7月にはドイツと勝戦国の間でポツダム協定が結ばれ、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連でドイツは分割占領されることになりました。
それにより首都ベルリンも4か国の分割管理で統治されることになります。

その後、ドイツは西側(米・英・仏)と東側(ソ連)で対立を深めていきます。
1949年にはそれが頂点に達し西側管轄地域にドイツ連邦共和国(西ドイツ)、東側管轄地域にドイツ民主共和国(東ドイツ)が誕生します。

 

じん
のちにドイツは統一できたけど、似たような状況は今でもあるよね。

韓国と北朝鮮、中国と台湾とか。

 

じん
日本も敗戦国だからドイツと同じような分割統治案があったんだ。

実現していれば東北を境に2つの国になっていたかも。

 

ぱち
・・・

 

じん
結局、日本との戦争で関わりの多かったアメリカが単独占領したけどね。

ソ連や中国は不満だったらしいけど。

 

ぱち
ところで、車にかくれて国境を越えるほど東ドイツは厳しかったんですか?

 

じん
ベルリンの壁ができてからは通行が不可能になった。

でも、西に会いたい人がいるわけだから命がけで脱出する人たちがいた。

それと東は社会主義だから自由があまりなく西の方が裕福だったからね。

 

ぱち
命がけ?

 

じん
見つかれば射殺された。

約200人が殺害され、3000人が逮捕され、成功したのは5000人くらい。

 

じん
壁周辺は警戒厳重で監視塔もあり乗り越えるのは不可能に近かったんだ。

だから壁の下にドンネルを掘って脱出をする人たちがいた。

また、西側の人はクルマで東側に入りやすかったから帰りに誰かをかくして脱出させることが多かった。

 

ぱち
今回はそのパターンですね。

ちなみにあのかわいいクルマはなんですか?

 

じん
BMW(ドイツの自動車メーカー)が生産していた「イセッタ」という小型車だよ。

 

イセッタの写真

BMW Isetta

 

BMWイセッタ

BMWイセッタとは、ドイツのBMW社が1955年から1959年まで生産していた超小型車です。
全長2.9m、全幅1.4m、高さ1.375mで日本の軽自動の規格よりはるかに小さいものです。
2人乗りで、今では考えられないですが前面のボンネットを開けて乗り降りします。
エンジンはオートバイの250㏄エンジンを流用しており、イギリスへの輸出車は後輪が1輪の3輪自動車になっています。

 

じん
この物語は実話でBMWのHPにくわしく書かれているよ。

当時は、イセッタみたいな小さなクルマに人がかくれるなんて思わないからそこが盲点だったんだね。

救出した人はクルマの整備経験があったから、人がかくれるスペースを改造して作ることができたんだ。

 

じん
BMWはこのプロモーションを通して「自由と独立」を次の世代に伝えようとアピールしている。

クルマがイセッタみたいな使われ方をしないように願っているんだ。

 

じん
最後にイセッタのかわいい走りっぷりをみてみよう!

 

BMW Isetta

 

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ぱち

 

 

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